スマイル書房

『大聖堂』 (中央公論新社)
買い取ってやる度
★★★★★

じんわりと染み入る、日常の哀しみ。

ドストエフスキー先生の、
五大長編を制覇しようと、読書中の『未成年』

これが『カラマーゾフ』へと
結実していくのだな......的なのが随所に見られ、
まあまあ楽しんで読めてはいたのですが、

なにせ主人公アルカージイが、気位ばかりが高いニート。「ていうか、働けよ!」と突っ込みを入れたくなる場面の連続。(ラスコーリニコフもそうだったんだけど)

物語のキーマンと予想されるマカール老人も、
いくら待っても登場しないわで、
結局アルカージイ、賭博ばっかしてんじゃん......
下巻いくの気重いな......短編で小休憩だ。

というわけで、この度わたくし、
レイモンド・カーヴァーデビューを果たしました。

率直に言って、本当に本当に素晴らしかった。
小休憩のつもりが、もう『未成年』完全中断。
四冊立て続けに購入、一気読みいたしました。
頼むから静かにしてくれ〈Ⅰ〉愛について語るときに我々の語ること大聖堂

だいたいの物語の主人公が、家庭が崩壊しつつある(もしくは崩壊してしまった)、
アル中経験ありの、中年男。

そして、淡々とした文体で紡がれる、
労働者の諦めや、哀しみ。

どの短編もほぼバッドエンド。
嫁に逃げられたり、子どもが死んだり、
アル中に逆戻りしたりで、
ストーリー的には救いがなくて、
ヘビーなものも多かったりします。

でも、そこから感じるのが、
作者カーヴァーの、なんというか、
物言わぬ労働者たちへのシンパシーというか、
寄せる思いというか、

そういう、社会に翻弄されるしか術が無い、
弱き者の物語へ向けられた、視線を感じるのです。

(作風は全然違いますが、ドストエフスキー先生も、農奴や下級労働者という、弱き者へ向けられた思いを感じる作家っす)

作品もさることながら「象」巻末の、
訳者 村上春樹による解題に心打たれるものがあり、
何度も読み返してしまいました。

墓参りのため、
ワシントンのカーヴァー宅を訪れた村上氏。

カーヴァーの書斎で、偶然手にとったマーク・ストランドの一編の詩によって、故人であるカーヴァーと、
心が通い合った(ように佐藤には感じられる)瞬間。


「いいかい、僕が死んだことを不在ととって哀しんだりしないでくれ。そんなことは必要じゃないんだ。むしろ僕が野原の中にいるときには、僕の方が野原の不在だったんだ。僕が物事を崩していたんだ。わかるだろう?」


日本で出版されているカーヴァー作品を、
すべて訳している村上春樹。
村上氏が訳しているから、ということを超えて、
カーヴァーの作品に、村上春樹の声を聞くことができる読者も、多いのではないかと思います。

村上春樹が以前、何かの書籍で
「河合隼雄氏が、自分の本当の気持ちを理解してくれた」というようなことを書いていたのですが、

カーヴァーもその一人だったのではないかな、と
佐藤は推察するのです。

理解というか、文学的同士として気持ちをわかり合えた相手というか。
そんな、誰ともわかり合えない気持ちを分かつ相手を失うということは、どういうものなのかな。


sotei_s.jpg

カーヴァー作品のタイトルが如き、
素っ気ない装幀(なんと和田誠)も、実にちょうどいい。


佐藤的カーヴァーマスト作品。

「ささやかだけれど、役にたつこと」
(これはみんな絶対読んだ方がいい)
「大聖堂」
「象」
「足もとに流れる深い川」
「使い走り」


哀しみがじんわりと心に染みわたる.........。
これは、カーヴァー制覇まで
『未成年』には戻れないな。

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