スマイル書房

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ここはガンコ店主がドクダンとヘンケンで本の価値を決める小さな古本屋さんです。
『われらの時代・男だけの世界 ヘミングウェイ全短編〈1〉』 (新潮文庫)
買い取ってやる度
★★★★☆

作品を読んでもいないくせに、
「ハードボイルドは、イカつい&マッチョだから.........」なんて、ずっと食わず嫌いだったヘミングウェイ。

村上春樹 短編のまえがきでタイトルについて、
「ヘミングウェイの素晴らしい短編(『男だけの世界』高見浩氏 訳)を思い浮かばずにはいられない」的なことが書いてあって気になっていたのと、

佐藤どハマり、レイモンド・カーヴァーがヘミングウェイを愛読していたとのことで、
「短編&メジャータイトルは読んどいたほうが良いかね」......というわけで、

『ヘミングウェイ全短編〈1〉〈2〉〈3〉』&『日はまた昇る』読了いたしました。


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タイトルが、ことごとく格好いい。


こんなに繊細で瑞々しいだなんて、まったくイメージしていなかった。
自然の描写が、なまら素晴らしいです。
(これを24歳で書きあげたなんて!)

『二つの心臓の大きな川』での、ニックの川釣り風景と鱒の美しさ。そしてなんと言っても、あの匂い立つようなキャンプ飯!
これは『ぐりとぐら』ホットケーキ以来の衝撃でした。

『短編〈3〉』の「最後の良き故郷」でも、ニックは妹と共に森へ分け入るわけですが、追っ手から逃げているという設定上、どこかかしら暗い影があり、

(『二つの〜』だって"戦争の傷を自然によって癒す"という図が、十分暗いテーマなんだけれども)

ニックが自然の中で、
自分を取り戻してゆく様が生き生きと描かれており、

まるで、側で同じ風景を眺めているような.........。
本当に瑞々しく美しい文体。
短編の中では、この作品がいちばんぐっときたな。
あと、高見浩氏の訳もまじで素晴らしい。

、、、、、で、
なぜ今まで、ヘミングウェイを食わず嫌いしてきたのか。たぶん、この方のせいだと思うんですよね。

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"ミスターハードボイルド"
北方謙三先生。


......葉巻......女......ダブルのスーツ......
そして、セカンドバッグ.........。

なんだったら、ヘミングウェイを頭に思い浮かべるとき、それは、北方謙三先生だったりしたわけですよね。というわけで、こちらも併せて読了。


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書籍になってた!
ホットドックプレス誌、
伝説的お悩み相談『試みの地平線』。


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いよっ!
出ましたこの台詞!

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先生レベルに達しないと口にできない、
名言を連発。

先生は還暦を迎えられたときに、
「自分の歳の3分の1の娘(つまり20歳)としか付き合わない」と決めたという、非常に有り余る活力をお持ちの方。
(現在、70歳)

かたや、誕生日を目前に控え、
61歳の若さで、死を選んだヘミングウェイ。

ヘミングウェイの場合、戦争や事故とかもあるので、
比べられないんですけどね。

なんか、ハードボイルド括りということで、
考えちゃうところはありますよね。

60歳で20歳と付き合うって......。
元気があれば何でもできる。


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すてきなスナップも数々収録。

サントリー『マカ』をご愛飲という先生。
いつまでもお元気で!!

『大聖堂』 (中央公論新社)
買い取ってやる度
★★★★★

ドストエフスキー先生の、
五大長編を制覇しようと、読書中の『未成年』

これが『カラマーゾフ』へと
結実していくのだな......的なのが随所に見られ、
まあまあ楽しんで読めてはいたのですが、

なにせ主人公アルカージイが、気位ばかりが高いニート。「ていうか、働けよ!」と突っ込みを入れたくなる場面の連続。(ラスコーリニコフもそうだったんだけど)

物語のキーマンと予想されるマカール老人も、
いくら待っても登場しないわで、
結局アルカージイ、賭博ばっかしてんじゃん......
下巻いくの気重いな......短編で小休憩だ。

というわけで、この度わたくし、
レイモンド・カーヴァーデビューを果たしました。

率直に言って、本当に本当に素晴らしかった。
小休憩のつもりが、もう『未成年』完全中断。
四冊立て続けに購入、一気読みいたしました。
頼むから静かにしてくれ〈Ⅰ〉愛について語るときに我々の語ること大聖堂

だいたいの物語の主人公が、家庭が崩壊しつつある(もしくは崩壊してしまった)、
アル中経験ありの、中年男。

そして、淡々とした文体で紡がれる、
労働者の諦めや、哀しみ。

どの短編もほぼバッドエンド。
嫁に逃げられたり、子どもが死んだり、
アル中に逆戻りしたりで、
ストーリー的には救いがなくて、
ヘビーなものも多かったりします。

でも、そこから感じるのが、
作者カーヴァーの、なんというか、
物言わぬ労働者たちへのシンパシーというか、
寄せる思いというか、

そういう、社会に翻弄されるしか術が無い、
弱き者の物語へ向けられた、視線を感じるのです。

(作風は全然違いますが、ドストエフスキー先生も、農奴や下級労働者という、弱き者へ向けられた思いを感じる作家っす)

作品もさることながら「象」巻末の、
訳者 村上春樹による解題に心打たれるものがあり、
何度も読み返してしまいました。

墓参りのため、
ワシントンのカーヴァー宅を訪れた村上氏。

カーヴァーの書斎で、偶然手にとったマーク・ストランドの一編の詩によって、故人であるカーヴァーと、
心が通い合った(ように佐藤には感じられる)瞬間。


「いいかい、僕が死んだことを不在ととって哀しんだりしないでくれ。そんなことは必要じゃないんだ。むしろ僕が野原の中にいるときには、僕の方が野原の不在だったんだ。僕が物事を崩していたんだ。わかるだろう?」


日本で出版されているカーヴァー作品を、
すべて訳している村上春樹。
村上氏が訳しているから、ということを超えて、
カーヴァーの作品に、村上春樹の声を聞くことができる読者も、多いのではないかと思います。

村上春樹が以前、何かの書籍で
「河合隼雄氏が、自分の本当の気持ちを理解してくれた」というようなことを書いていたのですが、

カーヴァーもその一人だったのではないかな、と
佐藤は推察するのです。

理解というか、文学的同士として気持ちをわかり合えた相手というか。
そんな、誰ともわかり合えない気持ちを分かつ相手を失うということは、どういうものなのかな。


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カーヴァー作品のタイトルが如き、
素っ気ない装幀(なんと和田誠)も、実にちょうどいい。


佐藤的カーヴァーマスト作品。

「ささやかだけれど、役にたつこと」
(これはみんな絶対読んだ方がいい)
「大聖堂」
「象」
「足もとに流れる深い川」
「使い走り」


哀しみがじんわりと心に染みわたる.........。
これは、カーヴァー制覇まで
『未成年』には戻れないな。

『だから荒野』 (文藝春秋)
買い取ってやる度
★★☆☆☆

しばらく鞄に入れっ放しで手つかずだった小説が、
飲み会の翌朝に台所でカップ麺のスープを吸い込み、
絶妙な匂いを放っていた。
その横には缶酎ハイが転がっている。


泥酔状態で〆のカップ麺を食べながら、
本でも読もうなどと企て、
汁をこぼして「あちっ!」とかいいながら、
結局は放置するという愚行に出たのだろう。


そんな堕落と深酒の日々を過ごしていたため、
本をあまり読めずにおり、
スマイル書房を長いあいだ留守にしてしまった。
店主失格!の幻聴が聞こえてくる。
いや、生の声なのだろうか...。


で、その文庫にファブリーズを吹き付けたところ、
紙はクタクタに波打っているけれど、
一応、読めるまでには匂いが気にならなくなった。

それが本書だ。
本書なのだけれど、
いつ購入したか記憶が定かではない。
泥酔状態で書店をふらふらとしていたのだろうか。


疑問を抱きながらも、読み進めていった。
内容やすぐ予想がつく結末はともかくとして、
サラサラとページをめくっていけるリズム感。


この小説はある平凡な家庭の主婦が、
夫や子どもたちの粗野な言葉と
見下すような態度に我慢できなくなり、
突如として家を飛び出す物語だ。
主婦も主婦で、欠点がないわけではないのだが...。


ストーリーはハッピーな方向へと展開する。
裏切りもどんでん返しもなく、
予定調和的にゴールへと進む安心感はあったが、
心をグッとつかむ衝撃や感動とは出会えなかった。


とはいえ、読後はほんの少し反省した。
自分も母につい冷たくあたる時もあるので、
気をつけなければならないな、と。


そんなことを考えていたところで、
本書を鞄に仕舞った経緯を思い出した。


母だ。母はわりと本を読むタイプで、
実家に帰った時に、
「読んだから貸す」というから借りたのだ。


微妙な香りのするクタクタの本書を見て、
お母さん、ごめんなさい、と大いに反省した。

『ねじまき鳥クロニクル』 (新潮文庫)
買い取ってやる度
★★★★★

本のセレクトに、著しい偏りが見られる佐藤ですが、
今年も何卒よろしくお願いいたします。


村上春樹主義者の皆さま、
ついに最新作の予約が始まりましたね!

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強めタイトル。


なにかと不便なハードカバーで読むか、
一年待って文庫で読むか......まじで悩ましいところ。
ハードだともったいなくて、お風呂で読めないしな。
いやーん、どうしようー!

なまら素晴らしかった「女のいない男たち」
村上春樹流 一人称の
ネクストステージを感じさせるものがあり、
長編への期待が高まるばかりです。


最新作が出版されるにあたり、
過去の作品を再読しておきたい気持ちがMAX。
一番のお気に入り「ねじまき鳥クロニクル」再読いたしました。

ああ、何度読んでも心が打ち震える......!

同じ時代に生き、
リアルタイムで作品に触れられる喜びを感じる。
村上春樹は、そんな作家の一人なのです。


この物語の山場はなんと言っても、
間宮中尉と本田伍長のノモンハンでの戦時体験。

太刀打ちできないほどの、圧倒的な暴力(戦争)と、絶対的な悪(皮剝ぎボリス)に、
完膚なきまでに叩きのめされた、
敗者である間宮中尉に、

佐藤は、
「ガリラヤのカナ」のアリョーシャを見ることができ(恩寵を受けられた者として)、
「トカトントン」の手紙の主を見ることができるわけなのです(叩きのめされた敗者として)。

でも、そもそも恩寵の存在など知らないほうが、
その人にとっては、心安らかに過ごせるわけで。

(それは"のうのうと過ごす凡夫"であり続ける、ということにはなるけれども)

たとえ恩寵なり恩恵を受けられたしても、
アリョーシャだって、ロシア皇帝の暗殺を企てて斬首されちゃうんだし(未完の二部で)、

啓示に従って進もうとすればするほど、不幸になってしまうパラドクス......になるわけですよね。

モンゴル人に井戸に放り込まれるの、嫌だしな。
あぁ、心の底から、
凡夫に生まれてきてよかった.........。



◆◆◆


話が逸れますが。

毎年恒例のニュース、
ノーベル文学賞を村上春樹氏が受賞するか否か問題。

カフェでファンたちが集い、
受賞の報道を待っているのをニュースで見るにつけ、

「愛するが故に、逆に愛の無いことになってるから!」と、そのパラドクスに対して、
心の中でツっこみを入れている佐藤。

(村上氏的は「ノーベル賞を取るかどうかなんて放っておいてくれよ」という心境なのではないかな、と思います。)

だから、
ボブディランも姿をくらませたのであろうし、

「そなたに我々のこの偉大な賞を授けて進ぜよう」という姿勢がムカつくのであろうし、
その反骨精神なくしては、過去の名曲など生まれていないでしょうしね。

ノーベル賞、受賞しなくてもいいです。
というか、むしろ受賞しないでほしい。
売り切れで読めないとか、うんざりすることが勃発しそう。



◆◆◆


ノーベル文学賞の行方はよくわかりませんが、
佐藤は「村上春樹はお札になる」説を、以前より提唱しております。

だって、夏目漱石がお札になったんだから、
村上春樹がならないわけがない。

欲しいな、村上春樹1,000円札。
(5,000円は気が重いので、1,000円くらいがちょうどいいと思います。)

がんばって100歳まで生きられたら、
使えるかもなぁ。

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ぜひとも安西水丸で!

『マイ仏教』 (新潮新書)
買い取ってやる度
★★★☆☆

以前、ラジオでみうらじゅんが、
5年かかって『アウトドア般若心経』を
やっと完成させたという話をしてて、
(街中で文字をかき集め般若心経を完成させる。文字の使い回しは不可。)

自分、仏教のことなにも知らないな......
でも、さすがに教典読むのはハードすぎる......

と思いまして、
手塚治虫先生作『ブッダ』と迷った末、
佐藤家の本棚には余裕がないので、
こっちにしました。
(漫画って、すごい場所とられますよね)


前半の、氏の生い立ち→いかにして仏像マニアになっていったのかというくだりは、
あんまりおもしろくないのですが、

後半の、みうらじゅん的仏教観が繰り広げられるところは、非常に納得できたし、おもしろかったです。

諸行無常だし、諸法無我なんだから、
「自分探し」などしても見つかるわけがない。
そんなことより「人のご機嫌をとる」修行をして、
「自分なくし」を目指したほうが、
よりよく生きられるぜ。

、、、というようなことを、
お釈迦さま(とボブディラン)は説いているのではないか、的なことが書いています。
(文字量ぜんぜんない&Q数でかめなので、
詳しくは本書をご覧ください。)


......で、読み終わって、
そういえば、以前「漱石流の自分探し」だと書いたことあるな、と思い出しまして、『門』再読。


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買い直すべきかな。表紙もどっかいっちゃいました。


佐藤は、この、
絶望もないけど希望もない、結局なにも解決しないまま、なし崩しに老いていく夫婦の話を、ことある毎に読むのですが、

宗助も参禅しに行ったところで、
自分が「かえって迂闊に山の中へ迷い込んだ愚物」であり、「門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人」だと気付かされただけで、

自分を証明するために(←佐藤の独自解釈)友人の妻を奪ったものの、結局、自分の存在の小ささを痛感するだけなんですよね。


「自分探し」なんてしたって、
なんにも見つかるわけがない!
だって、旅人でおなじみ 中田英寿が
「自分」を見つけたようには見えないし!

それより、武田修宏とか前園真聖のほうが、
自分のいるべきポジションを見極めて、
がんばってる感じがする。

武田なんて、サッカー選手で全然関係ないのに、
石田純一を脅かす存在にすらなってるし。

「こうだったらいいのに...」
「ああいう仕事のやり方、かっこいいな...」

そんな煩悩をかなぐり捨てて、
目の前の仕事を真剣にこなすのだ!
がむしゃらに向き合うことで、
辿り着ける場所がある!

......と、
テレビに出ていた前園を見て、
気持ちを新たにした佐藤なのでした。


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佐藤家の平野甲賀作「般若心経」。(直筆サイン入り)


祖父江慎との対談で、
「無」を一つずつ書き分けるのに大変苦労したと
おっしゃっていた平野氏。

そういえばみうらじゅんも、
『アウトドア般若心経』で苦労したのが
「無」だと言ってたな。

般若心経の中でも登場回数が多い、
かつ、街で探そうとすると
中々見つからない文字のようで、
その時についた、無煙焼き肉を探すクセが
抜けないらしいです。

ちなみに「若」の字は、
『ちゃんこダイニング若』だそう。

『クリーピー』 (光文社)
買い取ってやる度
★★★☆☆

少しモヤモヤすること。
ホームに走り降りた瞬間、地下鉄が発車。

少しモヤモヤすること。
瓶ビールがサッ●ロなのに、グラスはア●ヒ。

少しモヤモヤすること。
自販機から出てきたお釣り870円が
全て100円玉と10円玉。

少しモヤモヤすること。
ラム肉とパクチーの水餃子を食べた
レポーターの「甘い」という感想。

少しモヤモヤすること。
「イソジンは家にあります」と
処方を断るとイヤそうな顔をする内科医。

少しモヤモヤすること。
スタンド・バイ・ミーの
「Darling,darling」を「Going,going」
と信じ切って口ずさむ友人。

少しモヤモヤすること。
本作主人公の大学教授がそれまでに
散々恐ろしい目に合わされているにも関わらず、
「悪の天才」とまで評されている犯人の部屋を
教え子とともに訪ねて行き、
案の定教え子を殺されてしまった浅はかさと、
尻すぼみなどんでん返しで締めくくられる結末。

少しモヤモヤすること。
この回りくどい書評のスタイル。

『世界文学全集〈19〉カラマーゾフの兄弟(全)』 (集英社)
買い取ってやる度
★★★★★

『白痴』、なかなか読み進められず。

いや、面白いんですけど、たぶん佐藤は、
ムイシュキン公爵のことが、あまり好きじゃないんだと思います。
公爵の天然ぶりがイラつかせるからだろうか...。

というわけで、
あんたの執着心はヒグマ並だね......というわけで、
『白痴』をほったらかして、『カラマーゾフの兄弟』江川 卓訳で再読しました。

最初に読んだのは、原 卓也訳。これも読みやすいと思います。
でもどうしても佐藤は、江川卓訳でカラマーゾフが読みたいのだ!
だって「謎解き」で引用されていた氏の訳が、まじすばらしかったから!

でも江川氏訳は絶版してて、
中古だとしても3万某とかしちゃう。

「しかし、どうしたって読みたい...」
「でも、しがない会社員が本に3万かけるとか、どういうこと...」など、ぐるぐる考えていたのですが、

この前、ナイスアイデアが閃きました。
図書館で借りればよいのだ!


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一番下にあるのが借りた本。でかい。
ていうかカラマーゾフだらけ。なんなんだこの家は。


佐藤 お気に入りは「神秘的な客」と「大審問官」、
何度読んでも、新たな感動と出会える
「ガリラヤのカナ」、

そして、ミーチャの心象風景を描いた
「証人たちの供述。嬰児」。
ミーチャの内なる"カラマーゾフ"を、畳み掛けるように読者に訴えかける、なまら感動的な場面。
江川氏の訳が本当にぐっとくる!


======== 江川卓訳 ========

 やがてじき近くに集落が現れ、黒々とした、あくまでも黒々とした百姓家が見えはじめたが、その百姓家のなかばは火事で丸焼けになり、焦げた丸太が突き出ているばかりである。............〈中略〉............
「なんで泣いているんだ?なんだって泣いているんだ?」とミーチャがたずねる。
「嬰児(ややこ)でさあ」と御者が答える。「嬰児が泣いているんでさあ」するとミーチャは、御者が「子供(ジチャー)」と言わず、「嬰児(ジチョー)」と言ったことに、ふと胸をつかれる。百姓が「嬰児」と言ったことが彼の気に入る。哀れさが増す感じなのだ。


「それより聞かせてくれよ。どうして焼け出されの母親たちが立っているんだ、どうしてみんなが貧しいんだ、どうして嬰児はみじめなんだ、どうして曠野は荒れはてているんだ、どうしてみんな抱き合って接吻をし合わないんだ、どうして喜びの歌をうたわないんだ、どうしてみんな黒い不幸のためにあんなに黒くなってしまったんだ、どうして嬰児に乳をやらないんだ?」


こう言いながら彼は心のうちで............〈中略〉............みなのために何かをしてやりたい気持にかられていることを感じた。それはもうけっして嬰児が泣かずにすむように、その嬰児の黒くひからびた母親が泣かずにすむように、いまこの瞬間からもうだれの目にも一滴の涙もなくなるようにするためであり、しかもそれをいますぐ、いますぐやりとげたいのだ、一刻の猶予もおかず、どんな障害にも臆せず、カラマーゾフ流の抑制のなさのあらんかぎりを発揮してでも、そうしてやりたいのだ」


この後、ミーチャの精神状態がキリストレベルに達しちゃうわけですが、(「すべての嬰児のためにシベリアに行く」とか言い出すあたり)

そのきっかけとなる、心を揺さぶられる場面。
でもアメリカに逃亡しちゃうんですけどね。エヘヘ。

どうしたってミーチャの夢を、
"黒で塗りたくりたい"ドストエフスキー先生。(カラ=黒/マーゾフ=塗る)
作者の気持ちの高揚を、江川氏は余すところなく表現している!

訳が変わっても、物語の本質は変わらないのですが、
江川氏の訳は、なんというか、言葉の選び方とかユーモアの表現の仕方とかが、うまいような気がします。
それで、どんどん読まささってしまう。

原氏の「童(わらし)」もいいんですけど、「嬰児(ややこ)」のほうが、しっくりくる気がしますし。
(亀山氏の「餓鬼(がきんこ)」は、もう"先人たちが使ってないから"的な印象。
嬰児でいーじゃん。)

いや~でも、アリョーシャとイワンを、母の養母である老婦人が連れ去る場面。
これは原氏に軍配かなー。


======== 原卓也訳 ========

婦人がすぐに当のグリゴーリイにまで頬びんたを見舞い、......〈中略〉......「とにかくお前は抜作だよ!」馬車で立ち去りしなに、夫人は一喝くらわせた。


ビンタからの抜作って!(江川氏は"とんま")
こういうところでも、ちょいちょい笑いをぶっ込むのを忘れない先生。

涙あり、笑いあり、感動あり、サスペンスありで、
さまざまな要素がひしめきあっているのに、すべてが破綻なく成立しているのがこの作品のすごいところ!
うーん、延長しちゃおうかなぁ。。



◆◆◆

これ、他の訳(米川正夫氏とか)も読んでみて、
自分の好きな訳を繋ぎ合わせて「カスタマイズ カラマーゾフ」を作るのを、老後の楽しみにしてみるのは、どうだろうか。

とか、一瞬思ったんですが、
完成と同時に力尽きて死ぬな......と思い至ったので
撤回。

将来、お金持ちになって大きな家に住んだ時に、
絶対、江川卓訳を買ってやるんだー。(かなり場所をとるので)
というかその前に集英社、文庫を出してちょーだい!!

『ロング・グッドバイ』 (早川書房)
買い取ってやる度
★★★★★

「さよならを言うのは、すこしだけ死ぬことだ」
「タフでなければ生きて行けない。
優しくなれなければ生きている資格がない」
「警察とさよならする方法はまだ見つかっていない」などなど、、、、、

決め台詞に、ちょいちょいしびれさせられる本作。
う〜ん、マーロウなまらかっこいすぎるぜー。

どこまでもクールで、どこまでもタフ、
どこまでもロマンチックで、
どこまでも孤独なマーロウ。
そして、けして自分の信念をまげることはない。
それがたとえ、自らの命を脅かすことになろうとも。

村上春樹で新訳が出たときに読んでて、
"再読"ということになるのですが、
(清水氏訳 未読。読んだほうがいいのかな)
もう、本当に再読大事。まじで大事。

20代のときは、ただ「マーロウかっこいい...」という感じだったのが、今回の読了後、心に残っているのはレノックスだったりするんですよね。

レノックスの救いがたい堕落っぷり。
もろくて、弱くて、でも何か人を引きつける魅力があって(それは戦争で背負った闇なのかもしれないけど)。それをわかっていた上であっても、マーロウを引きつけずにはいられないレノックスの魅力。

あー、やっぱり物語の面白さって、
どれだけ魅力的な脇役が揃っているかにかかっているな、と佐藤は感じます。それは、どんな話であっても。(だからこれは微塵も面白くないのだな。ははははは)

そして、訳者 村上春樹氏による
あとがきもいいんですよね。

ドストエフスキーの、死の直前の描写が本人による実体験だということを、江川卓氏の「謎解き」シリーズで知り(ドストエフスキーは実際に銃殺刑を逃れている)、描写の説得力が深まったのと同様に、
あとがきを読んだあと、より物語の深みが増したというか。

レノックスが英国でギムレットの味を覚えたと思われるエピソードも、戦争体験の描写にしても。
チャンドラーの生い立ちと重ね合わせながら読むことができて、興味深かったです。

また再読したときに、
新たな楽しみが発見できるといいなー。



◆◆◆

再読了後、『亜璃西社』和田由美さんと
ご一緒させていただいたときのお仕事が
頭に思い浮かびました。

wadasan.jpg
『じょぶのもと。〈すすきの界隈で働くひと。〉』


この時に書いていただいたエッセイの中に、
マーロウとギムレットが出てきてて。
大人の雰囲気が漂う、すてきな原稿だったな。

こんなふうに、
さらさらっと言葉を紡げたらかっこいいのに。
物書きのひとってすごい。

『カラマーゾフの兄弟』 (新潮文庫)
買い取ってやる度
★★★★★

『カラマーゾフの兄弟』がおもしろすぎて、本を閉じることができず、寝られなかったからでありますー!!(トイレで目が覚め、ちょっとだけ読むつもりが...... 眠いよう......)

あー、なまらおもしろかったー。
なぜ今まで、この作品を素通りすることができていたのだろうか。

大審問官あたりから急激に加速!
退屈などしている暇はない!
一気に読んでしまいました。


sonnanikakaranai.jpg

そんなにかからないって!


佐藤のお気に入りは、ゾシマ長老「神秘的な客」と
イワン「大審問官」。

老紳士と、この後のイワンの境遇が重なっていく(意図的なはずだ!)等々、すべての物語が精密な機械のように緻密に作られていて、突っ込む隙なし!
「ドストエフスキー先生!一生ついてゆきます!!」状態になること、請け合いです。

いやー、これがまだ未完だっていうんだから、
どれだけの構想が、先生の頭の中で繰り広げられていたのかっ!
気になるー。2部が気になるー。

あとがき 原卓也氏によれば、アリョーシャがテロリストとなり、コーリャの犯行の嫌疑をかけられて絞首台にのぼる、、、、、
(資料が少なく2部の構想が現在でも不明とのこと)

まじかー。

すべての罪を我が身に背負い、磔にされたキリストよろしく、アレクセイもコーリャの罪を背負い、絞首に処されるのだー!

リーズが、役のわりに登場回数が少ない気がしたので、これは2部に温存しているのだな。
2部ではリーズがどんどん悪魔的な女になって、アリョーシャを苦しめていくのだー!
など、勝手に推測。

なまら、ものすごく、鬼のように2部が気になるー。
死んだら真っ先に先生に聞きに行こう。

◆◆◆


「おっかない本」の後には「おっかなくない本」を読む佐藤。(疲れるから)

読了後、カズオイシグロの『わたしを離さないで』を読もうと予定していたのですが、本屋さんで平積みになっているのを発見。
帯に"ドラマ化決定"の文字が。

こういうことされると買いづらくなるのですが......。
ドラマ化したから買った的になってしまうではないか。

というか、『カラマーゾフの兄弟』もドラマ化している。。。ドミートリィ&イワンは、10,000歩譲って日本人でもいけるかもしれないけど、アレクセイ、どうしたんだろう......??

そして、主題歌がSmells Like Teen Spiritって。
宗教色が強い作品なのに「NIRVANA」でいいのかな。ドミートリィがアメリカへ逃亡するから?アメリカ人?(弱いか。ははは)
先生も「NIRVANAではないだろう」と、天国から突っ込みいれてますよ。きっと。

次、なにを読めばいいのかなあ。また漱石にしようかなあ。「ドストエフスキー→漱石スパイラル」から抜け出せない!

◆◆◆


カラマーゾフ3兄弟と、
『農Style』山田農場3兄弟&野口3兄弟、
年末年始はすっかり"3兄弟づいていた"佐藤。

こちらも、とっても魅力的な農のドラマが詰まってます!ぜひご一読ください!!

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『いいね!農style』WEB
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『坑夫』 (新潮文庫)
買い取ってやる度
★★★★☆

やばすぎる存在感のスタヴローギン、
ピョートルと愉快な5人の仲間たち、
清々しいほどのヒモっぷりが笑いを誘うステパン先生、、、などなど、
登場人物がおもしろすぎた「悪霊」も読み終わりまして、

なんか文字量があんましなくて、
内容がおっかなくないやつを読みたいなあと思って。

でも、
疲れてるとき飲みに出て、新規開拓はちょっとな......と同様の心持ちで、
長編で体力が消耗、再読がちょうどよかろう。
というわけで、10年前読んだきりほったらかしていた、
「坑夫」再読しました。

こんなにおもしろかったっけ??
10年前の自分は何を読んでいたのか。

長蔵、赤毛布、冷飯草履の小僧、揚げ饅頭、
獰猛組の坑夫たち、南京米に南京虫、そしてジャンボー。

さまざまなものに翻弄されながら、
自滅を求めて、シキの中へと下ってゆく"自分"。

坑夫にまで落ちぶれ、
自暴自棄になったあげくに自死を決意した矢先の
地獄に仏の安さんとの出会い。

ここの場面、めっちゃ読み返しました。
安さんの真摯な言葉に、なまら心を打たれまくる......!

都会的でどこか内証的な文体の漱石ですが、
(佐藤が読んだことある作品は、ですが)
これが坑夫たちの描写と合わさって、
漱石っぽくない作品なのに、やっぱし漱石なんですよね。

男がただ山に行って降りてくるだけの話、
特にドラマがあるわけでもないのに、読ませてしまう。
言葉の使い方が本当にうまいなあー(上から目線ですね、スミマセン)と、
改めて感じ入った作品でした。

いくぜ!!

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